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広島城

史跡 広島城跡

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広島城跡 みどころマップ

広島城跡マップ

「みどころマップ」1〜6のご案内

  • 天守閣

    1.天守閣(てんしゅかく)

    原爆で倒壊した天守は、外観を復元したコンクリート建築として昭和33年(1958)に再建された。

  • 二の丸

    2.二の丸(にのまる)

    二の丸は本丸の南方にある小さい区画で、馬出(うまだし)と呼ばれる構造になっている。
    馬出は出入口に築かれた区画のことを指し、出入口を守り、また外部へ出撃する際の拠点としての役割を持つ。
    現在二の丸内には、復元した表御門(おもてごもん)・平櫓(ひらやぐら)・多聞櫓(たもんやぐら)・太鼓櫓(たいこやぐら)がある。

  • 南小天守

    3.南小天守(みなみこてんしゅ)

    南小天守跡(奥)と南廊下跡。
    本来の天守閣は、5階建ての大天守を中心に、3階建ての南小天守と3階建ての東小天守を廊下で連結させた壮大なものだったが、明治期に小天守は取り壊された。

  • 東小天守跡

    4.東小天守跡(ひがしこてんしゅあと)

    東小天守跡。

  • 旧天守閣の礎石

    5.旧天守閣の礎石(きゅうてんしゅかくのそせき)

    礎石とは建物の柱を乗せる土台。昭和32~33年(1957~58)の天守再建工事の時に撤去した旧天守の礎石をそのまま移したもの。一段低い石は現在も天守台に埋もれている石の位置を示している。

  • 北側 刻印が見られる石垣

    6.北側 刻印が見られる石垣

    福島正則が広島藩主の時代に築かれた石垣と考えられ、石垣には「刻印」という様々なマークが刻まれている。

「みどころマップ」7〜12のご案内

  • 崩れかけた石垣

    7.崩れかけた石垣

    広島藩主・福島(ふくしま)正則(まさのり)が広島城の無断修復を幕府にとがめられ取り壊した石垣の跡と考えられている。しかし幕府が指示したのは別の場所だったので、従わなかったとして改易(かいえき)となり広島を去った。

  • 西側 刻印が見られる石垣

    8.西側 刻印が見られる石垣

    福島正則が広島藩主の時代に築かれた石垣と考えられ、石垣には「刻印」という様々なマークが刻まれている。

  • 本丸上段

    9.本丸上段(ほんまるじょうだん)

    広島城の中核となる区画で、天守閣が北西角にそびえる。かつて上段一帯には広島藩の役所と殿様の住居を兼ねた「本丸御殿」があった。その後、明治10年(1877)に広島鎮台司令部の洋館(のちの大本営)が建てられた。

  • 広島大本営跡

    10.広島大本営跡(ひろしまだいほんえいあと)

    明治10年(1877)に広島鎮台司令部(ちんだいしれいぶ)として建てられた2階建ての木造洋館。のちに第5師団司令部(しだんしれいぶ)庁舎となり、それが明治27・28年の日清戦争の際、天皇が戦争を指揮する機関=大本営の建物となったが原爆により倒壊し、現在は基礎などの石が残る。

  • 被爆樹木 クロガネモチ

    11.被爆樹木 クロガネモチ

    爆心地から910mの位置。大本営前に植えられていた。

  • 裏御門跡

    12.裏御門跡(うらごもんあと)

    本丸の東に位置する城門跡。現在残る櫓台(やぐらだい)石垣の間に門扉があり、その上部に渡櫓(わたりやぐら)が築かれていた。

「みどころマップ」13〜18のご案内

  • 桜の池跡

    13.桜の池跡

    明治31年(1898)、広島に水道が引かれたことを記念して作られた池。当初は池に名前はなかったが、大正14年(1925)に「桜の池」と名付けられた。

  • 昭憲皇太后御座所跡

    14.昭憲皇太后御座所跡
    (しょうけんこうたいごうござしょあと)

    明治天皇の后(きさき)である昭憲皇太后が、日清戦争の折に滞在した建物の跡。もともとは明治23年(1890)に第5師団監督部庁舎として建てられた2階建ての木造洋館。
    原爆により倒壊し、現在は基礎などの石が残る。

  • 本丸下段

    15.本丸下段(ほんまるげだん)

    本丸上段の南側階段を下ると、本丸下段が広がる。江戸時代には馬場(ばば)(乗馬の練習や競馬をする所)が設けられ、周囲には土蔵が並んでいた。その後明治29年(1896)、第5師団司令部1号庁舎が建設され、関連施設が建ち並んでいたが原爆により焼失。

  • 中御門跡

    16.中御門跡(なかごもんあと)

    火災で変色した石。
    被爆時の火災の熱により門と一緒に石も赤く焼け、ひび割れている。

  • 被爆樹木 マルバヤナギ

    17.被爆樹木 マルバヤナギ

    爆心地から約770mの位置。中御門・二の丸の建物群が炎上する中で生き残った。現在、青々と葉を付けているが、幹の痛みが激しく空洞化している。

  • 中国軍管区司令部の防空作戦室跡

    18.中国軍管区司令部の防空作戦室跡
    (ちゅうごくぐんかんくしれいぶのぼうくうさくせんしつあと)

    太平洋戦争の末期に設けられた中国軍管区司令部の防空作戦室で、暗号の解析・各部隊への通信などを行っていた場所。この作戦室跡の入口そばに、中国軍管区司令部及び動員学徒の慰霊碑がある。

「みどころマップ」19〜24のご案内

  • 被爆樹木 ユーカリノキ

    19.被爆樹木 ユーカリノキ

    爆心地から約740mの距離。すぐそばの二の丸の建物群が炎上するなかで生き残った。昭和46年(1971)の台風で上部が折れたが、再び芽吹いた。

  • 表御門

    20.表御門(おもてごもん)

    二の丸入口にあたる門で、櫓門と呼ばれる形式の門。戦前まで江戸時代以来のものが残されていたが原爆により焼失。平成元年~6年(1989~94)に復元し、内部公開中。

  • 御門橋

    21.御門橋(ごもんばし)

    内堀(うちぼり)に架かる、二の丸表御門へと向かう木橋。

  • 平櫓

    22.平櫓(ひらやぐら)

    1階建ての櫓。表御門と多聞櫓を結ぶ。平成元年~6年(1989~94)に復元し、内部公開中。

  • 多聞櫓

    23.多聞櫓(たもんやぐら)

    太鼓櫓と平櫓を結ぶ長い櫓で、総延長が35間(約63m)ある。平成元年~6年(1989~94)に復元し、内部公開中。

  • 太鼓櫓

    24.太鼓櫓(たいこやぐら)

    太鼓櫓と平櫓を結ぶ長い櫓で、総延長が35間(約63m)ある。平成元年~6年(1989~94)に復元し、内部公開中。

広島城跡マップのダウンロード

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