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インターネットで広島城(博物館)の魅力をお伝えします。

資料紹介 Material Introduction -広島城所蔵資料の一部をご紹介





縮景園の絵葉書

江戸時代の武家文化の一端に触れられる貴重な空間で、現在は四季折々に美しい姿をみせる名勝「縮景園」は、広島城と同じくコロナの影響で閉園しています。「縮景園」は、今からちょうど400年前の元和6年(1620)に広島藩の家老で茶人・作庭家としても知られている上田宗箇によって築庭され、代々の藩主に愛されました。第7代藩主浅野重晟が招いた京都の庭師清水七郎右衛門によって、1780年代に改築され、現在の姿となりました。昭和15年(1940)以降は一般にも公開されました。昭和20年(1945)、原爆によって壊滅的被害を受けましたが、復旧を重ねてかつての姿を取り戻しました。 この絵葉書は、原爆前の様子で、正面の清風館や悠々亭、明月亭などの建物、縮景園を代表する跨虹橋(ここうきょう)と濯纓池(たくえいち)の他、超然居、看花榻(かんかとう)、迎暉峯(げいきほう)など様々な場所が写っています。 面白いのは、いくつかの絵葉書が左右反転した裏焼きとなっています。デジタルカメラが発達した現在では考えられませんが、フィルムを使っていた最近まで起こりえました。風景写真は、人物などと異なりどちらが表かわからないので、知らない人が現像すると時々裏焼きになってしまうのです。なお、今回掲載している絵葉書は正しい向きです。

広島城の金のしゃちほこ

天守閣などに見られる「しゃちほこ」は、想像上の生き物である「鯱」(しゃち)をかたどった瓦や木造銅板張の飾りで、口から水を吐くという言い伝えから火除けのために屋根に置かれたとされます。「しゃちほこ」というと名古屋城の金鯱が有名ですが、広島でもそれに負けない鯱瓦が発見されたことをご存知でしょうか?

発見されたのは天守閣から400ⅿほど離れた場所にあった、武家屋敷跡や堀跡などからなる遺跡で、屋敷に設けられた井戸からオス・メス一対の金箔鯱瓦とイタヤ貝の文様を持つ金箔鬼瓦が出土しました。これらは瓦の表面に金箔を貼り付ける金箔押の技法であざやかに飾られた金箔瓦で、その形などから毛利輝元が城主だった時期(1589-1600)に作られたと考えられます。高さは70㎝程度と天守閣で使うには小さいため、城内の門や櫓などに使われたようです。金箔の残りが良く残り屋根に葺かれていた期間は短かったと考えられること、井戸は福島正則が城主だった時期(1600-1619)に造られた可能性が高いことから、福島氏の時期、あるいは浅野氏が城主となってからの早い段階(17世紀前期)で、何らかの理由によって屋根から下ろされ、井戸に埋められたと考えられています。

金箔瓦は全国数十カ所の城跡でたくさん出土していますが、ほとんどが破片です。金箔鯱瓦と金箔鬼瓦がセットで、しかもほぼ完全な形と鮮やかな色彩を留めて発見されたのは広島城だけであり、お城の歴史を考えるうえでとても貴重な発見となりました。

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  • お城で美女発見!(「魚籃観音図」)

    見返りながら色白のその人は立っています!髪型や服装から日本人ではない雰囲気です。右手に竹の籃(かご)を持ち、中には鯉が頭を出しています。彼女はいったい何をしているのでしょう? むかしむかしの中国でのお話。まちで魚を売り歩く美女がいました。その美しさにひかれて、多くの若者たちが集まったのです。彼女は彼らにお経を声を出して読むように勧めて、お釈迦さまの教えを広めたということです。実はこの美女、「魚籃観音(ぎょらんかんのん)」という観音様が姿を変えたものなのです。

    絵はこの伝説を基に描いたもので、作者は里見雲嶺(さとみうんれい)(1849~1928)という人です。明治~大正時代に活躍した、広島を代表する画家です。雲嶺は美しいだけでなく妖艶に魚籃観音を表現しています。ただ、足元を見ると裸足なのはなぜ?爪が長いのも気になる・・・謎めいた絵ですね。みなさんはミステリアスな女性には魅かれますか!?


    コロナ退散?(「日蓮上人坐像」)

    手のひらサイズの小さな厨子(ずし)。中には、これまた小さなお坊さん?のような仏像が安置されています。お像の台座部分には「日蓮(花押)」の銘。その上部に書かれた「南無妙法蓮華経」の文字。このことから、小さなお坊さんは日蓮宗の祖・日蓮上人であることがわかります。サイズ感からして、おそらく携帯用として持ち歩いていたものでしょう。

    実はこの日蓮上人像、背面にも銘文が刻まれています。残念ながら一部は摩耗で読めなくなってるのですが、中央には「南無妙法蓮華経」、それを挟んで右に「病即消滅」、左に「不老不死」「経王」などの文字が見えます。これらの出典は、『法華経』の『薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)』(『薬王品』)です。『薬王品』では『法華経』を「諸経の中の王」と位置づけ、「法華経を信じる者はさまざまな功徳を得ることができる。そのひとつが法華経の教えを聞くことができたなら、たちまちに病が治り、不老不死になるというものである」と病気平癒・不老不死の功徳を説いています。銘文には、この功徳にあやかり「病気に打ち勝ち、健康に長生きしたい」という願いが込められているのでしょう。小さな日蓮上人は、病気平癒・健康長寿のお守りとして、大切に伝えられたのではないでしょうか。

    今も昔も、病気を避けて健康で過ごしたいという思いは同じ。みなさんも、コロナに負けずに頑張れるよう、日蓮様にお願いをしてみてはいかがでしょうか・・・?


    馬のゼロヨン的なやつ(「競騎図」)

    この絵のタイトルは「競騎図」といいますが、競馬の様子を描いています。昔は競馬と書いて「くらべうま」と読みました。この「競馬(くらべうま)」とは、奈良時代に馬の速さと馬術を競う宮中の行事として始まり、やがて神事に発展したものです。

    さて、この絵をよく見て下さい。馬は2頭しか描かれていません。「競馬」は直線コースのマッチレースなのです。それと、馬上の人がどうもレースに集中していません。「やあ!やあ!」と叫んで、お互いに相手の邪魔をしながら走っています。けっしてせこいことをしているわけではなく、これが「競馬」の作法なのです。武芸としての色を残しているのです。現在では京都上賀茂神社などの「競馬」が有名です。

    描いたのは熊谷直彦(文政11年(1829)~大正2年(1913))。江戸時代末期から明治時代を通して活躍した日本画家です。京都に生まれ、お父さんは賀茂の神職でした。12歳で四条派の岡本茂彦に入門し、日本画を学びました。後に広島藩士熊谷家の養子となり、藩の仕事に携わります。明治維新後は東京に出て、本格的に画家として活動しました。明治37年(1904)には帝室技芸員にまでのぼりつめました。とてものびやかで優雅な画風で知られます。職務がら、有職故実(古来の礼法の研究)や、衣冠束帯(公家の正装)に詳しかったからでしょうか、作品には品格がにじみ出ています。


    ・・・からの、学芸員の無謀な挑戦

    「競馬」かっこいい!いっそ甲冑武者!目指せ巴御前!やればできる! ということで、取り急ぎ和式馬術に挑戦する学芸員がいました。しかし、見るとするとでは大違い。それはそれは高度な世界でした。ぼーっとしていて足を踏まれる。調子に乗って走れば即落馬。筋肉痛で足はがくがく。完全に馬になめられ「行け」といえば止まる。「止まれ」といえば動く。巴御前への道のりは遠い・・。甲冑を着ていると重いし、体の自由がきかないし。そして、甲冑を着てこけたらひとりでは起き上がれないということと、馬ってやさしいことがわかりました。

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  • 江戸時代の親孝行(『芸備孝義伝 初編』)

    『芸備孝義伝』は、広島藩内で親孝行をした人や、主人に忠義を尽くして表彰された人たちの話をまとめた書物です。広島藩は、これを幕府に献上するとともに、領民にも頒布して民衆教化を進めました。

    明暦3年(1657)から寛政3年(1791)までの約230人の善行が記されており、享和元年(1801)に刊行されました。初編に続いて第二編・第三編・拾遺が出版され、その後、増刷されています。当館所蔵のものは、明治時代の版です。

    挿絵は、「稲荷町辰巳屋伝兵衛妻みつ」という話の一場面です。みつは、稲荷町の伝兵衛の嫁で、齢80歳を超えた姑をいつも優しく、心を尽くして世話しています。姑が寺に参る時はいつも一緒に行き、夜も用心のために姑と自分の帯をくくりつけて眠るほどでした。姑は、糸を縒(よ)りつむぐ作業をする際も、目や手元がおぼつかないため、遊び事程度で生活の足しにはなりませんでした。しかし、みつは姑のつむいだ糸に、そっと自分のつむいだものを足して、「今日はことさら良い糸ができていますね。早めに休んでくださいね。」と姑を思いやり、喜ばせたということです。挿絵はこの場面を描いており、姑とみつが穏やかな笑顔で寄り添っているのが印象的です。こうした親孝行が称えられ、みつが28歳の時、寛政2年(1790)12月27日に銀三百目が与えられたと記されています。

    おうちでぬりえ Coloring book

    ピックアップ Pick out -「しろうや広島城」から選りすぐりの話題!

    広島と傘

    梅雨の時期がやってきます。実は広島は和傘づくりが盛んだったのです!

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  • 広島城エアお花見

    今年はお花見ができなかった人も多いはず!?ということで・・・エアお花見はいかが?

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  • まぼろしの馬具展

    企画展「そこのけそこのけ!お馬が通る」は、途中から休館になったのでそのまま終わってしまいました。せめてこれ見て。

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  • 母上さま、お元気ですか~?

    今年の母の日は、お母さんに会いに行きたいけど自粛…。ちょっと照れ臭いけど、こんな時こそお手紙を書いてみませんか?山陽先生の長い手紙。

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  • 広島のソウルフード

    広島のソウルフードといえば、お好み焼き!どんな歴史があるのでしょうか?江戸の人も食べていた!?

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